人類は今、これまで見失われていたもの、本来自分たちが何者であったのかに気づく目覚めのときを迎えています。
その中でも、女性たちが本来の自分たちの力、母性の力に気づき、行動を起こしていくことが、危機に瀕している地球を救う道筋をつくるのです。

もっとも大切な3つのこと
私たちがどういう存在で、何のために生きているのかということに本当の意味で気づいたなら、私たちの生き方は大きく変わってくるはずです。

月意識セレニティからのメッセージ

Arrow
Arrow
Slider

なでしこセミナー 7月22日(日)東京開催

「私はどうして女性に生まれてきたのかしら」と、ふと思ったことはありませんか。 私たちのほんとうの姿は魂で、永遠の命をもち、転生輪廻を繰り返しながら、さまざまな場所に生まれ変わっています。 あなたが女性に生まれたことも、この時代に、この地に生まれたことも、けっして偶然ではありません。ここでしかできない愛の学びをするために、あなた自身が選んだことなのです。

CONTENTS

もっとも大切な3つのこと

神の愛によってつくられた宇宙の法則・神理(しんり)。 その基礎となる3つのことを、わかりやすくご紹介します

金星の法

金星の法は、地球人類史上初めて明かされた宇宙の根本法のひとつです。女性性の本来の意味についてお伝えします

スピリチュアルメッセージ

レムリア・ルネッサンスのアマーリエを通して伝えられた、女神様方のメッセージをお届けします

アマーリエ講演録

アマーリエが女性たち・母親たちへ向けて行った全12回の講演「女性がしあわせになるために」をご紹介します

お悩み相談Q&A

いろいろな悩みにアマーリエがお答えした内容をご紹介します

スタッフブログ

このサイトを運営するスタッフが、神理のメッセージとともに、日々の生活の中で感じたことを週替わりで投稿しています

新着情報
2017.12.25 アマーリエ講演録 8. 美しいらせんのエネルギーの紹介動画を公開しました。くわしくはこちら
<注意> なでしこルネッサンスホームページを模倣したウェブサイトにご注意ください。くわしくはこちら

UPDATE

スタッフブログ

両親のもとに生まれて

こんにちは。レムリア・ルネッサンスのミオです。  私は三人姉妹で、年頃になると父親から「誰かが家を継がないといけない」「婿をもらえ」「家を出たらだめだ」と言われていました。曾祖父の時代は資産家だったようですが、代が変わるにつれ、資産や継ぐべき仕事などはありませんでした。父は「姓」とそして自分の老後の心配をしていました。  父には娘の自由意思への配慮はありませんでした。家を継ぐかどうかは、その子どもが納得して選べばいいですが、子の自由意思に反して、強制的に人生が決められていくのは、子ども本人にとってとても苦しいものです。  子どもを育ててやった、だから親のいう事を聞き、面倒を見るのは当たり前、という気持ちで、子どもに見返りを求め、子どもの人生を親の自我自欲のための道具にしようとする父の姿からは、愛は感じらませんでした。  すべての子は神の子であり、永遠の魂を持ち、地上に愛を学ぶために生まれてきている、ということがわかれば、「子どもには子どもの自由意思があり、親子の縁で結ばれていても、魂としては別々である。その子の個性、才能が開花されますように、幸せになりますように」という気持ちで育てていけるようになると思います。  私の父も、母も、このような神理の知識はありませんでした。歴史や因習のなかで作られたルールの中で育ち、そして自分が受けたものを子どもにも同じように遵守させようとしたのでしょう。私たち姉妹は、それでは幸せにはなれませんでした。  私自身は、親からの純粋な愛を求め、人生に悲観し、なんのために生きているのかと悩み苦しんでいましたが、神理を知ることで、私は救われました。そして、私が両親を選んで生まれて来、だからこそ、神理にであえたことに感謝しています。特に父は私に人生について深く考えるきっかけを与えてくれたと思っています。そばにいるときは父の悪い面ばかりを見ていましたが、今は私をここまで育ててくれた父の愛情に感謝しています。  いま、私は子どもを育てる機会をいただいています。子どもの笑顔、成長が喜びであり、そして、将来どんな個性を輝かしていくのか、楽しみです。育児は綺麗事ばかりではありませんが、子どもに愛を持って、見返りを求めず、子どもの神性が花開くよう、愛ある家庭を築いていきたいと思います。  そして、私が神理を知って救われたように、世の中で悩んだり、苦しんだりし

子どもの成長を見守ること

皆さま こんにちは レムリア・ルネッサンスのなまるです。 私には息子が二人いますが、今日は現在、6歳になる次男についてお話をさせていただきます。 次男は赤ちゃんの時から発達がゆっくりで、歩くのも、言葉を話すのも、他の子どもたちよりも遅い子でした。 私は神理を学んで、私たちは神さまより作られた神の子であり、一人ひとりかけがえのない個性を与えられていると知りました。他のお子さんと比べて、自分の子の成長が遅いからといって、裁いてはいけないと学びました。 だから、次男の成長がゆっくりでも見守っていこうと思っていたのです。 ところが、主人が次男の様子を見ていて「この子はこのままでいいのか。年齢の割に幼すぎるぞ。きちんとしつけをしないといけないんじゃないのか」と何度か話してきて、私は動揺して、焦ってしまいました。今まで学んだ神理のことはどこかにいってしまいました。慌てて、幼稚園の先生に相談したり、ネットで調べたりしました。そして、長男と比べて、次男の不器用なところを心配したり、幼稚園でみんなと一緒にできないところを注意するようになってしまったのです。 ある日、次男が幼稚園に行く準備をしていて、ブラウスのボタンを思い通りにとめることができず、ぐずぐずし始めました。そして、とうとう「できない」とやめてしまいました。私が「いつもできてるじゃない」と声をかけると「できない、できない!」と言い出し、泣いてしまいました。「幼稚園のはじまりのお歌も上手に歌えない」「言葉がわからない」などと、今まで悲しかったことを、泣きながら話しはじめました。 「どうして幼稚園のお歌を歌えないの?」と言うのは、私が以前、次男に聞いてしまったことでした。次男の成長がゆっくりでも、見守っていこうと思っていたのに、いつの間にか長男と比べたり、他の子と比べて、できないことを責めて、次男の心を傷つけてしまっていたことに気がつきました。 私は自分の思いを反省して、次男に心の中で謝りました。そして、「大丈夫、大丈夫だよ」と次男を抱きしめました。「ほら、服も一人で着られるようになったじゃない。前はできなかったのに。すごいよ」と言って、「お歌もママと一緒に歌おう。そうしたら歌えるよ」と歌いだすと、次男の機嫌も良くなり、元気に幼稚園に行きました。 神理を学んでいても、頭でわかっていただけで、腑に落ちていなかったと痛感しました。次

未来の子どもたちのために

みなさまこんにちは。 レムリアルネッサンスのことりです。 先日ふとしたきっかけで「ちいちゃんのかげおくり」という絵本を読みました。 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、 この物語は小学校の国語の教科書に長く掲載されている、戦争児童文学です。 私も小学生の時に学習しました。 私の記憶の中では、幼いちいちゃんとその家族が、記念写真を撮る代わりにかげおくりという遊びをする、というほのぼのとした印象だったのですが、 実際は、お父さんは戦地へ赴き、残されたお母さんとお兄ちゃん、そしてちいちゃんは戦火の中で、それぞれ命を失うという、とても悲しいお話でした。 特にちいちゃんは、お母さんとも離ればなれになってしまい、最期は一人で、焼け落ちた家で家族を待ちながら天へ旅立ちました。 改めてこのお話を読んだ時、涙がぽろぽろとこぼれました。 こんな風に孤独と不安の中で短い命を終えなければならないなんで、なんて悲しいことなんだろう。そんな子ども達が少しでもいなくなりますように…。 そう願わずにはいられませんでした。 この物語はフィクションですが、戦時中はちいちゃんのような子ども達がたくさんいたのだと思います。 そして今も、世界のいたる所で起きている争いの中で、ちいちゃんのような子ども達はたくさんいるのだと思います。 そう思うと胸が締め付けられるような気持ちがして、自分にも何か出来ることはないだろうか、と思います。 私は幼い子どもを持つごく普通の主婦で、世界を変えるような特別なことはできないかもしれません。 でも、もしそんな私にでも出来ることがあるとすれば、それは日々平和に家族揃って暮らしていられることに感謝することと、 子どもに、「どんな人も神から愛されている神の子で、みんな同じ地球という星に住む家族なんだよ」と、「地球に感謝しながら、みんなで愛し合って生きようね」と伝えることだと思います。 多くのお母さん方が、子どもたちにそう伝えることで、未来の地球は少しずつ変わっていくのだと思います。...

転んだおじいさん

こんにちは。レムリア・ルネッサンスの宇佐見祐加です。 先日、ベビーカーを押して買い物から帰宅途中に、数十メートル先に自転車に乗った70代~80代の高齢の男性が見えました。 すると突然、ガシャンと音がして、そのおじいさんが自転車ごと倒れました。 「わぁ! おじいさん、大丈夫かな!?」私は驚いて心臓がバクバクしました。 私はベビーカーを押しながら小走りで急いでおじいさんの元へ駆け寄りました。 近くを通りかかった小学生3人も駆け寄りました。 「大丈夫ですか?」そう聞くと「大丈夫です」と言いながらもおじいさんは身動きが取れません。 幸い意識もあり、どうしたのか聞くと、足元がまごついて転んだだけのようでした。 私はおじいさんを起こそうとしましたが、私一人の力では起こすことが出来ません。 おじいさんの足は自転車に挟まっていました。 どうしようかと思っているところに、今度は女性が駆け寄ってきてくれました。 そしてまた一人、別の女性が集まってくれました。 私たち3人は力を合わせておじいさんと自転車を起こし、安全な場所に移動しました。 その間、小学生は道路に散乱したおじいさんの荷物を拾ってくれていました。 おじいさんを起こした後は、私たち大人も小学生と一緒に荷物を拾いました。 おじいさんは買い物帰りだったようで、たくさんの荷物が道路のあちこちに転がっていました。 その様子に気が付いた別の小学生2人が、「どうしたの?」と言って集まってきてくれて、一緒に荷物を拾ってくれました。 みんなでおじいさんを助けようと一丸となった瞬間でした。 「自分に出来ることは何だろう?」それぞれが考えて行動していました。...

親子の縁

こんにちは。レムリア・ルネッサンスのたまきです。 親子は約束をして生まれてくるといいます。  私が育った家庭は、私が幼いころから父親は単身赴任であまり家に帰らず、しばらくして両親は離婚しました。 それからは母と兄との3人暮らしでしたが、とくに母にとっては精神的にも苦労が多かったことと思います。 母はよくイライラしたり、私に辛くあたることがありました。 そしてそのたびに私は「どうして自分はここへ生まれてきたんだろう」と思っていました。  少なくともそのころ、家庭は私にとってあまり帰りたい場所ではありませんでした。 ところがそれからしばらくして、この「親子は約束をして生まれてくる」ということを知りました。 それまで母や家庭環境に対して不満ばかり思っていた私でしたが、この神理を知ったことで、そんな自分と母が縁を結んできた意味はなんだろうと思い、振り返ってみました。 すると、普段母に対して思っていた不満などはほんとうに些細なことで、それよりも私にとって、もっとずっと大切なことを母は与えてくれていたということに気がつきました。  母はよく私に「自分がほんとうにやりたいことを見つけてやれるのが幸せだ」と言っていました。 それが必ずしも職業と繋がらなくてもいいから、自分らしく生きられる道を見つけて歩んでいってほしい。ということでした。 実際に母は、その言葉のとおり、私がやってみたいと言ったことは何でも協力をしてくれ、大事な進路などを決めるようなときには、決断をするのも、結果が出るのにも時間のかかる私を、何年かかっても信頼をもって待ち続けてくれました。 また、「自分は偶然この母のところへ生まれてきたのではなく、親子になることをお互いに約束してきたんだ」とわかったことで、それまで理不尽に思い、母や家庭環境のせいにしてきたことを、自分自身の課題として受け止めて、向き合っていこうと思うようになりました。 私が結婚をして数年経ったころ、母は私たちの成長を見届けて、まるで自分の役割は終わったとでも言うかのようにあの世へと帰っていきましたが、この親子の関係をとおして、私はただ育ててもらったこと以上に与えられた多くのことを思うと、何度思い返してもやはりこの母親のところへ生まれてきてよかったと思います。 そしてこのように、与えられた環境、また当たり前の日常のなかには、私たちが気づかないような大切な

受けとめる力

こんにちは。レムリア・ルネッサンスのいちごです。 4月から新しい環境になられた方もいらっしゃると思いますが、そろそろ緊張していた心や体がほぐれてくる頃ではないでしょうか。 中には慣れたと思っていたら五月病のようになってしまう方もいらっしゃるかもしれません。 五月病は、環境の変化に心や体が馴染めず不調になってしまうことです。 実は私も以前に五月病のようになってしまい、精神的に辛い思いをしたことがあります。 自立しなければと思い、上京して一人暮らしをすることにしたのですが、一気に変化した環境になかなか馴染めませんでした。 数ヶ月が経ったころ私は家から出られなくなり「このままではおかしくなってしまう」と思いましたので、仕事を辞めて実家へ戻ることにしました。 上京する時に世話を焼いてくれた友人たちや、送り出してくれた前の職場の方々、そして何より家族に会わせる顔がないと思い、自分を責めていました。 ですが実家の家族や地元の友人たちは、私に何も聞かずただ快く受け入れてくれました。 特に母は私のことをほんとうに気遣ってくれていたのだと思います。 もしかしたら、特別に気遣っていたのではなく、ただ普通に接してくれただけなのかもしれません。 ですが、一緒にスーパーへお買い物に行ったり一緒に食事を作ったりするという、以前と同じ日常生活を送ることができたことで私の心は癒されていきました。 自然の多いところへなるべく行くようにして、たまには友人たちと映画やライブなどにも行きました。 そうやってのんびりと生きているうちに徐々に心が前向きになっていきました。 全てにおいてやる気がなかった状態から頑張ろうと思えるようになり、仕事にも行けるようになりました。 この時のことは、今でもとても感謝しています。 今振り返ってみますと、傷ついた私を家族や友人が何も言わずただ受けとめてくれたことが、とても大きかったと思います。 それは、レムリア・ルネッサンスの「女性の法」でいわれている「受容性」で私が癒されたということだと思っています。 受容性について「私たち女性は、神の愛の受容性という、陰の意識のエネルギーである」と言われています。...
子育て中の女性へ