なでしこルネッサンス

不妊 流産

子どもがいないことで自由になる分、自分の能力を発揮できる

今ひじょうに子どもができないことを悩んで、不妊治療とか、男女産み分け法で頑張られておられる方がおられるでしょう。

でも、そのような過程というものは、確かに環境的なことは確かにありますけれども、わたくしのような者から見ておりますと、大方がご自分で選択なされた方が多いということ。

このような文化が爛熟した、このような現代的な時代になりますと、女性においてもひじょうに優秀な、有能な女性たちが出て来ます。
ひじょうに魂的にも、最終的な仕上げ段階に来ている者たちがたくさん出て来ているのです。

そのような過程の中において、自分の能力をぜひとも発揮したい。
まあ、自己実現というか、それ以外においても、救世の事業においても、自分は命がけでやりたいという思いが強いがゆえに、そのような家庭愛的な部分とか、やはり子どもにとらわれたくないという思いを、表面から、正面から打ち出して人生計画をつくって来る者も多いのです。

そのようなことにおきまして、今嘆(なげ)かれることよりも、逆に子どもがいないから、そのような家庭の中で何ができるかということを最大限に、時間とかエネルギーは自由になるわけです。お金も自由になるわけですから。

そのようなものを通して、ご自分の実力を発揮することをもって、神に、神様に対して、地上人類に対しての愛を発揮なさられることを、そのことがあなたの人生をより輝かされる結果になると思います。

マリア・テレジア 「オピニオンリーダーの女性霊」より

子どもを授かるありがたさを魂で学ぶ

わたしたちの命は転生輪廻を繰り返し、永遠の命の中で愛を学んでいるものである。
そして原因結果の、因果の法則により貫かれているのが宇宙であるということです。(中略)

その中で夫がいて夫婦でほしいと思ってもできない方、考えてください。
ひょっとしたら、欲しくて欲しくてたまらない、でもできないということで、初めて子どもを与えられるありがたさということを今回学んでおられるのかもしれない。(中略)

子どもが授からないことをもって、子どもが与えられることのありがたさ、感謝、尊さ、自分が生命の神秘として、宇宙の創造のエネルギーとして、自らが子どもを産むという、創造の原理の中で果たせるという、女性としての幸せを体現できるという、その修行のありがたさを学ばれるのです。

永い永い永遠の転生です、その中で一回ぐらいお子ができなかったからといって、どうでしょう。

そこで、お子が授かるということ、産めるという女性の幸せを、魂の底まで焼き付けることができたら、感謝することが学べたのならば、尊い人生でまたあるのではないでしょうか。

木花開耶媛命 「アマテラスの祈り」より

流産

流産した魂
流産して魂が天上界に帰っても、天上界でものすごくかわいがられるから大丈夫です。
母親も天上界に帰ったらその子どもと会えます。

そういう場合は産んであげられなかったということで、女性は男性以上に自分をせめてしまいます。

その子たちは決して母親を恨んでいません。

この問題は女性が一番根幹のところで、最もつらい課題だと思います。

アマーリエ 集会レポートより

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