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Q.心を前向きにするために、美容整形するのはかまいませんか?

A(アマーリエ):
 ほんとうに自分は死にたくなるほど醜いと思っている人に対して、「たかが整形でポジティブな人生を送れるきっかけになるのだったら、整形してもいいんじゃないですか」と、言葉をかけることはあるかもしれません。けれども、いくら顔や身体を変えたって、自分の本質は変わりません。整形しなくても、心の持ち方でネガティブじゃなくポジティブに生きることはいくらでも可能です。そうでなければ、みんな整形しなかったらポジティブに生きられないことになってしまいます。
 いちばん大事なのは、魂の段階でほんとうに幸せだと感じられる生き方ができるか、愛を深く実践できるような生き方ができるか、ということです。その愛による充足感でしか、魂で感じる本来の幸福感はないのです。それを学ぶために、私たちは地上に肉体を持っているのです。整形して表面的に美しくなっても、その喜びは継続しませんし、それどころか、麻薬中毒患者と同じで、ほとぼりがさめたころに、あのときの到達感にひたりたいからと思って、また整形をしたくなってしまいます。
 逆に、もしほんとうに自分は標準以下の顔だから美容整形をしたいと思うならば、その人はたぶんそういう肉体を選ぶことで、自分は過去世に失敗したカルマを刈り取りできるか、それともまた過去世と同じ流れの中で、上っ面の美醜ひとつで人生を放棄してしまうような選択をするのかということを、試されているのだと思えばいいと思います。魂の学び、特にカルマというのは、刈り取るまで執拗に何度でも現れてきますから、そこで整形に逃げたら、今度は別の課題に取り組むことになります。
 そちらのほうがもっと大変かもしれません。
 確かに、美しい人には憧れますが、美しい人が必ずしも幸せになっているかどうかを考えてみてください。美しくならないと幸せになれないと思うなら、その人は根本的に魂の学びを間違えています。美というのは、自分らしい、自分にふさわしい美を、自分自身でつくり上げていくものだと思いますし、どの人もみんな美しいのです。
 自分自身の姿を根源的なところまで愛で深めれば、温泉の源泉が噴き出るように、みんな神の子としての美しさが表れ出てくるのです。そちらに向かって努力をするのが魂の進化であって、表面的に一重まぶたが二重まぶたになれば、すべて幸せな人生になるかといったら、それほど人生は甘いものではありません。
 やけどで顔がつぶれちゃっても、事故で身体がだめになったとしても、それでも自分という存在を愛し、受け入れてくれる人がいるのかという、そこが逆に最後に試されるところかもしれません。表面的なものだけで人に愛されていると思っていたら、波長同通の法則で表面的にしか愛さない人が集まってきます。魂の存在をかけて人を愛して生きている人は、どんな逆境になっても魂として愛してくれる人に囲まれて、幸福な一生を終えることができるのではないかなと思うのです。
 私はこの歳になって思いますが、そんな二目と見られないほど醜い女の人なんていないです。年頃相応に装って身ぎれいにしていたら、若い子でもみんなかわいいです。美しいですよ。みんな自分で醜いと思い込んでいるだけです。うちの娘も高校生ぐらいのときは、ダイエットしたいとか、太ってるとか、もう大変な勢いで言いました。
 中年太りした私からみたら、ぜんぜん太ってないと思うんですけどね(笑)。
 目が覚めて客観的に見れば、自分はそんなに醜くはないって思うようになります。「あなたはあなたで美しいよ」って、「あなたはあなたとして素直に表現して、そのあなた自体を愛してくれる人をたった一人でいいから見つけなさいね」って、「それが整形で不特定多数の人にちやほやされるよりもずっと幸せになる道ですよ」って、私は若い女の子に対してアドバイスしてあげたいです。

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