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Q.
結婚二十五年の主婦で、子どもが二人おります。幼い頃から精神世界に興味がありました。最近、主人が私に精神的には依存しながら、私を自分の所有物のように支配したいがために、私に対して精神的暴力をふるっていると気づき、離婚を考えるようになりました。夫を信じ、女性の役割と思って頑張ってきましたが、もう限界です。


A(アマーリエ):
 この問題にはいろんな原因があるのですが、今は地球的な規模で価値観が大転換する時なんです。この霊的覚醒(*)の流れの中で、結婚する前には同じ価値観だった夫婦が、今の時にどちらかだけが新たな価値観に目覚めて、もう一人がついてこられない場合、価値観が極端にずれてしまうということはあります。心の世界の問題なので、強制したからってついて来られる問題でもありません。
 だからといって、相手が奥さまを愛してないかっていうと、それとこれはまた別です。
愛の反対は無関心ですから、あなたのご主人が暴言を吐いていろいろと支配しようとするのは、愛情の裏返しで、たぶん価値観が変わって離れていこうと思っている奥さまを引き留めようと、苦しんでいる姿なんですね。
 この場合、もし幼い子どもを授かっていたら、その子も父親と母親を想定して生まれてきているので、子どもが独り立ちするまでは、夫婦で一緒に頑張れるだけ頑張ってみてはどうかなと思います。ただ、家庭内暴力を受けているような場合は、また違った答えになるのですが。私も結婚してちょうど二十五年、たぶん同じくらいの年かなあと思います。すると五十歳を過ぎていたら、普通なら子どもはもう成人しているでしょう。そうなれば、ご自分で新たな人生を歩まれてもいいと思います。
 でも、その前に一度、あなたをまだ愛しているご主人の気持ちを、ちゃんと女性として感謝とともに受け止めているか、ご自分で振り返ってみてはいかがでしょうか。夫婦には夫婦の学びがあります。私たちは、自分がいちばん不得意とすることを学ぶ環境を、自分で用意して地上に出てくるので、その中で学べる時、逃げ出さないということですね。
 人生は自由意志でどっちを選択してもいいんですよ。富士山の山頂に登るのに、登山道が複数あるようなものです。神様はどの道を選んでも怒りません。
 離婚して、子どもに一生懸命愛をそそいで生きる人生を選んだならば、それもいいでしょう。離婚しないで相手とかかわる人生を選んだならそれもいいでしょう。
 ただ、どの道でも、嵐みたいな大変なことはくるものです。それを選んだのは自分なのだから、そこで精いっぱい誠実に愛を表現していく道を行きなさいということです。
 殺人を犯してしまったとか、麻薬で捕まってしまったとか、病気になったとか、いろいろな人生がありますが、そういう経験を通してこそ、学んだつらさや痛みを魂に刻めるということもあるのです。人と自分を比べて、「私は道を間違えなかったから偉い」というよりも、自分の魂にとって何をいちばん今学ぶべきなのかということ。
 ですから、どんな人生を歩んでも、いちばん大事なのは自分の自由意志で、自己責任で道を選びなさいということです。自己責任で選んだら、どんな結果があったとしても乗り越えていけるでしょう? そうやって魂に豊かな経験を積むために、私たちはこんな不自由な三次元という世界にわざわざ生まれてくるということ。
 それでひとときの縁として、家族の愛を学ぶために、夫婦や親子関係を結ぶということですね。その原点を考えて、どの登山道から私は頂上を目指そうかなと思うことが、大事ではないかと思います。

(*)霊的覚醒:「私たちのほんとうの姿は魂であり、神の子として愛に満ちた生き方をしよう」という霊的価値観に目覚めること。

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