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Q.中学二年の息子が不登校になりました。本人は学校に行きたくないようです。フリースクールにも気持ちが向かないようです。本人の自由意志を尊重しようと思う反面、息子の人生をこのままにしていてもいいのかと考えてしまいます。

A(アマーリエ):
 息子さんが不登校だということ、私も子どもがいますからきれいごとばかりいう気はありません。やはり学校や塾に行かなければ心配になります。でも、不登校であるということは、本人がそういう枠の中にはまりたくないということです。
 
 この三次元は、ある程度枠にはまっていたほうが、生きやすいんですね。でも、枠にはまらなくても幸せになって行く道はあります、大変であるけれども。どっちをその子は学んでもいいのです。
この三次元での体験として、この子はどっちを学ぶことを選ぶか。あくまでこの三次元における一人ひとりの自由意志の中で、自己責任において何を選んで、何をなそうとするか、そこがいちばん問題なのです。

 親は子どもが傷つき、つらい思いをするところを見たくないから、どうしても必要以上に安全志向のことを言って、子どもを守ろうとします。それも大切ですけれど、やはり最終的には親子であったとしても、別の存在であるということ。
愛を学ぶうえで、子どもは子どもの自由意志の中での学びがあるという、その魂の永遠性に基づいた立脚点がなければならないと思います。

お母さんが不安なだけであって、子どもは子どもでなんとでも生きていくのです。
今のニートのように必要以上に守ろうとするから、子どもの魂もだめにしてしまうのです。「学校に行く行かないは自由だけれど、自分の人生、自分で決めたら自分で歩んでみなさい」と言って、二十歳(はたち)過ぎたら家から独立させてしまえばいいのです。
小学校から出てなくても、立派に世の中を変えた偉人はいくらでもいます。今の時代の中で、自分が何をほんとうはしたいのか、何をするべきなのか、それに気づいたら、自分で答えを出すでしょう。
何をしなさいとか、そこまで指図する権限は、親とはいえ、ないのです。

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